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「その時マリアが現れた」

世紀末の詩 第5話

「悪か、善かと聞かれたら、紛れも無く僕は悪だと答えるだろう。子供の頃から僕には、ある種の情緒が欠落していたんだよ。今思うと、学校のせいでもない。まして親のせいでもない。僕は先天的に、他人の痛みを感じることがない人間なんだ。それでいて僕は、表面とても穏やかで、良く気のつく、優しい子どもを演じることができた。大人たちの誰もが、僕を実際好きになったんだ。僕はがらんどうの心を誰にも見せずに、上手くやっていけた。盗みも、傷害も、人を騙すことも。万が一捕まっても、僕は少し涙ぐんだ芝居をしてその罪は軽減された。僕の涙は、透明でとても美しい。そこに真実があると、裁判官ですら欺いた。透明な涙・・・・・・傑作だろ?そりゃ透明なはずさ。僕の心はがらんどうなんだからね。いや、心などないのさ。
あるとき僕はパチンコ屋の景品場を襲った。おもちゃの拳銃を突きつけてね。優しく笑って言ったよ。『お金を貸して』ってね。モタモタしてるんで一発殴り倒してやった。そして金をポケットに詰め込んで全力で走ったよ。おっと、その前に殴ったおばさんには慰謝料のチップをいくらか置いてね。ツイてないことってのはよくある話さ。通りに出た僕は、いきなりバイクに跳ね飛ばされたんだ。一瞬ポケットの札束がばらまかれて、宙に浮いていた。そして気づくと、薄暗い病院のベッドだった。体が動かない。たくさんの機械を取りつけられてね。酸素吸入もしていた。ぼんやりする意識のなかで、自分が死ぬのがわかったよ。僕は、急に怖くなった。心のない僕が、とてつもない恐怖を感じていたんだ。僕は地獄に落ちる。確信めいてそう感じた。心などなかった僕が、初めて恐ろしくって、演技ではなく涙があふれた。狂おしい程、心が泣いたんだ。その時
・・・・・・その時マリアが現れた。今思うと、それは単に白衣の看護婦だったのかも知れない。でもその時の僕は、自分が地獄に落ちるのと同じ確信で、マリアだと感じていた。僕はすがるように彼女をみつめ、彼女は全てを理解しているように優しく笑いかけて、その手を僕の頬にそっと触れた。まぶしい光が差して、僕は蘇生した。医者は奇跡だと言ったよ。でもその意味はわからない。僕に奇跡など施される理由は、今もわからない。そして、君も憶えてるね。留美と出会ったあの雨の日を。僕はずぶ濡れの彼女に驚いた。しかし驚いたのはそんなことじゃない。留美は、僕が病院で見た彼女に瓜二つだった。そして僕はその留美を、心のない筈の僕はその留美を、一瞬で愛した。」

 

 

 

日テレ「世紀末の詩 The Last Song」第5話

1999年 放送 星野守 (三上博史さん)の台詞から

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脚本:野島伸司さん (未成年 他多数)
第5話演出:細野英延さん (家なき子、フードファイト 他)


 

「世紀末の詩 -The Last Song-」とは、1999年に放送されたドラマです。野島伸司さんはもはや言うまでもなくドラマ脚本の大御所ですね。社会派で問題作を作るということがとても有名で、近年では「明日、ママがいない」でいわゆる「明日ママ問題」を引き起こした張本人とも言われています。

 

そんな野島伸司さんの有名作品は数多くありますが、そんな中でどちらかと言うとひっそりと存在しながらキラリと光るのがこの作品。放送は1999年でまさに世紀末。暗い1990年代が終わろうとしていて、色々と不安を抱えたまま新たなミレニアムを迎える直前の作品で、彼は「愛」をテーマに取り上げました。全体的にポエムに近い台詞の数々、毎回エンドロール前に現れる自作と思われるポエム、コントラストと彩度が強く絵画的で存在感のある絵作り、そしておとぎ話的な世界観が特徴的な作品です。そして毎回、寓話のように「愛」についての事例が現れては消えてく、そんな内容でした。ドラマというよりオムニバスの映画のような作品で、ヒット目的ではなくどちらかというと芸術性の高い作品だと思います。

 

キャストについては、今見返すとこれがまた豪華で主演に竹野内豊さん、山崎努さん、レギュラーでは坂井真紀さん、木村佳乃さん、吉川ひなのさん、松本莉緒(当時は松本恵)さんが出ています。特に女優陣が皆さんきれいだったり可愛かったりすごい豪華で、魅力もみなさんたっぷりです。(坂井真紀さんだけはちょっと変な役ですが笑) さらに、毎回違う人達がゲスト出演してるんですが、このゲスト達の存在感がまたとてもすごいです。気になる人は調べてみて下さい。

 

そんな構成の中、ほぼ全てのエピソードが好きなんですが、今回取り上げたのは第5話「車椅子の恋」です。こちらで出てくるゲストは、三上博史さんと純名里沙さんです。この2人が出会って恋に落ちるんですが、色々とお互いのことを思えばこその悲劇につながるというお話。ギリシャ神話のオルフェウスの話も出てきます。

 

で、こちらの台詞は三上博史さん演じる星野守という人物が、過去のことを語るシーン。時間にして5分半もの間、ひたすら独白を続けるという長いシーンです。

 

ここで三上博史さんは素晴らしい演技を見せています。語っている内容は酷いというか、本人が言うように悪人そのものなんですが、それをとてもやさしい表情と、落ち着いた暖かい声で語るんです。こういう描き方もなかなか面白いものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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