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「もう、これでいいんだ」

映画「地下鉄に乗って」より

 

小沼「おいら、本当に生きて帰ってこれるんですか?」

 

長谷部「ああ、帰ってこれるとも」

 

小沼「……もしも、もしもね、本当に帰ってこれたら、

   おいらねぇ、一つだけ決めてることあるんだ」

 

長谷部「なんだい」

 

小沼「この千人針くれた娘、嫁にもらって、ガキつくるんだ。

   ガキ共はみんな中学に行かせて、高等学校も、大学も行かせて、

   俺のやりたかったこと、みんなやってもらうんだ。

 

   長男坊は学者だ。エジソンみたいな発明家にして、次男坊は……

   次男坊はお固い勤め人。ま、末っ子はたいがい出来悪いから、

   ずっとそばにおいて親孝行させるって……

 

   家の一軒でも持ちてえなあ。小さくていいから。

   家族みんなで……ホカホカ暮らすんだ」

 

 

(車内アナウンス:赤坂見附~赤坂見附~)

 

 

長谷部「座れよ」

 

小沼「いいのか?

 

   始めて座った…

   硬えな…

   でも悪くねえ。

 

   工場のみんなはね、俺のこと『メトロ』って呼ぶんだ。

   休みのたんびに地下鉄乗ってるって、自慢してたから。

   でもホントはおいら、地下鉄乗るの、これ始めてなんだ」

 

長谷部「ええ?」

 

小沼「だって、高けぇもん。二十銭もありゃあ美味えもん食えるし、

   小遣いにもなる。 けどお笑いだぜ。みんな知ってやがんの。

   だから今日は、みんなして新橋まで送ってくれて。

   青山一丁目まで、乗ってけって。切符買ってくれた」

 

長谷部「良かったな」

 

小沼「あぁ……。

   けど……暗えんだなぁ……。

   うるせえんだな。

   ガキの頃からこんなもん憧れてたんだな

 

 

   あーチクショウ……。

   最後に乗れてよかったぁ」

 

 

(車内アナウンス:青山一丁目~青山一丁目~)

 

 

小沼「ついちまったか。もう、これでいいんだ。

 

   小沼二等兵、お国のために行ってきます!」

 

 

 

 

 

 

 

    ---映画「地下鉄に乗って」 長谷部真次(堤真一さん)と小沼佐吉(大沢たかおさん)の会話より


監督:篠原哲雄さん (はつ恋、月とキャベツ 他)
脚本:石黒尚美さん

 

 

 

 

 

映画「地下鉄に乗って」のワンシーンです。

 

 

タイムスリップファンタジーみたいな感じの映画ですが、とても良い映画です。上記のシーンは、堤真一さんがタイムスリップし、父親である大沢たかおさんの若い頃、しかも出征直前に遭遇するというものです。

 

素晴らしく良いシーンなんですねこれが。父親から愛されていなかったと思っていた主人公が、タイムスリップして父親の暖かい人間性に触れていく、そんなようなお話。

 

大沢たかおさんの台詞回しが、非常に心地よく響いてきます。若くして戦地へ送られる様子、そして江戸っ子の語り口、不安なのに強がる気持ちとか、そういうのが全部詰まっていて、すごい響きをもたせます。タイムスリップということでこの映画の大沢たかおさんは幅広い年齢を演じていますが、どれも素晴らしい演技を見せてくれています。

 

このシーンはその後の展開を知っていたほうがグッとくるものがあります。

全体的に、初見よりも2回目の方が感動できる映画だと思います。

 

そういう映画って、あまりないんじゃないでしょうか?

 

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